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最高裁判所大法廷 昭和36年(オ)944号 判決 1968年11月13日

上告人

東光商事株式会社

代理人

阿南主税

ほか四名

被上告人

関東信越国税局長

原秀三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

理由上告代理人阿南主税、同滝沢寿一の上告理由第一点ないし第三点および上告代理人真野毅、同山口信夫、同鈴木富七郎の補充上告理由について。

論旨は、要するに、本件株主優待金は法人所得の計算上損金として取り扱われるべきものであるとし、そのことを前提として、原判決には証拠法則違背、審理不尽、理由齟齬、法人税法(昭和二二年法律第二八号)九条一項の解釈適用を誤つた違法がある、というにある。

原審の引用する第一審判決が当事者間に争いがないとして確定した事実によれば、上告会社の営むいわゆる株主相互金融の方式というのは、これを要約すると、

(1)  会社が必要に応じて新株を発行し、増資新株は、ひとまず、ある特定人をして一括して引き受けさせ、次いで会社の斡旋によつて一般大衆にこれを売り出す。

(2)  株式の買受希望者には、原則として、会社が買受代金を貸し付け、日掛または月掛による弁済を認める。

(3)  株式を買い受けて株主となつた者は、その代金を完済したときに、会社からその持株の額面金額の三倍までの金額の融資を受けることができる。

(4)  株主となつた者で右の融資を希望しないものに対しては、その者の選択に従い、

(イ)  会社が持株の譲渡を斡旋し、譲受人が決まるまで、会社においてその譲渡代金を立て替えて支払い、株式を回収する。この場合、立替金として支払われる金額は、その株主がさきに支払つた株式買入代金に、予め約定された一定の利率によつて算出した金額を加算したものとする。

(ロ)  株式を譲渡しない株主に対しては、会社は、引き続き六カ月間株主たることを持続するごとに、予め約定された一定の利率によつて算出した金額を支払う。

右の(イ)および(ロ)の各約定金員のことを株主優待金(奨励金または謝礼金)と称する。

以上のような仕組になつているというのである。

右の株主相互金融方式は、終戦後、庶民の金融・利殖の手段として一時全国に流行した、いわゆる殖産無尽が「貸金業等の取締に関する法律」(昭和二四年法律第一七〇号)等によつて取締りを受けることになつたところから、これを回避するため、これに代わるものとして考案された金融方式であること、当裁判所に顕著な事実である。また、上告会社による新株の発行は、株式引受名義人に引き受けさせた株式を他に売却することによつて資金を調達することを目的として計画的に行なわれるものであつて、新株に対する実際上の払込みは、株式引受名義人によつてではなく、株式買受人により、原則として、上告会社からの借入金の返済という形式で行なわれ、上告会社としては、右金員の返済(新株式に対する払込み)により、はじめて資金調達の目的を達していること、記録上明らかである。

本件における問題の中心は、右に説示した株主優待金が上告会社の所得計算上損金として取り扱われるべきものであるかどうかにある。

この点について、まず、法人税法(昭和二二年法律第二八号)の定めるところをみると、法人税の課税標準たる「法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」ことになつている(九条一項)が、同法は、右の益金および損金の意義について、何ら定義的規定または一般的規定を設けることなく、ただ、個々の事項について、それを益金または損金に算入しまたは算入しない旨を規定するにとどまつている。従つて、具体的にいかなるものを益金と認め、いかなるものを損金とするかは、単に益金または損金の性質を理論的に解明するだけでなく、さらに、租税法の解釈上の諸原則や前記各個別的規定に現われた法の政策的・技術的配慮をもあわせ参酌するのでなければ決定できないもの、といわなければならない。

ところで、ここにいう損金とは、一般的には、法人の純資産の減少をきたすべき損失を指すもので、例えば、(1)当該事業年度の収益に対応する売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価、(2)直接には収益に対応しないその事業年度中の販売費、一般管理費(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)、(3)当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの等は、いずれも当該事業年度の損金の額に算入されるべきものであろう(現行法人税法二二条三項参照)。しかし、だからといつて、法人の純資産減少の原因となる事実のすべてが、当然に、法人所得金額の計算上、損金に算入されるべきものとはいえないのであつて、例えば、資本取引と呼ばれる「資本の払戻し」のごときは、純資産減少の原因となる事実であつても、法人所得金額の計算上は損金には含まれないというべきであり、また、いわゆる「利益の処分」のごときも、年度ごとの所得額が算定され、課税された後にはじめて可能となるものであるから、所得額算定の要素としての損金に含まれないことはいうまでもない。

右に説示したように、「資本の払戻し」や「利益の処分」以外において純資産減少の原因となる「事業経費」は、原則として、損金となるものというべきであるが、借りに、経済的・実質的には事業経費であるとしても、それを法人税法上損金に算入することが許されるかどうかは、別個の問題であり、そのような事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは、損金に算入することは許されないものといわなければならない。

ところで、株主の募集に際し、株式引受人または株式買受人に対し、会社の決算期における利益の有無に関係なく、これらの者が支払つた払込金または代金に対し、予め定められた利率により算出した金員を定期に支払うべきことを約するような資金調達の方法は、商法が堅持する資本維持の原則に照らして許されないと解すべきであり、従つて、会社が株主に対し前示約定に基づく金員を支払つても、その支出は、法人税上は少なくとも、資本調達のための必要経費として会社の損金に算入することは許されないところといわなければならない。もつとも、商法は、株式会社の資金調達を容易にするため、いわゆる建設利息の配当を認め、法人税法上も、その配当金を会社の損金とすることを許しているが、これは、法律が厳格な制約(商法二九一条参照)のもとに特に許容した特例にすぎない。建設利息について、このような厳格な制約が存することと対比してみても、資金調達のための必要経費だからといつて、無条件に損金に算入することが許されないことは当然というべきである。

また、これを別の見地からみると、上告会社の新株を買い受けて株主となつた者は、上告会社に対し借入金の返済として支払われる金員以外には、何らの資金を支出しているわけではなく、しかも、上告会社は、右金員の支払を受けてはじめて新株発行による資金調達の目的を達しているのであるから、株式買受人による右金員の支払は、その実質において株金の払込みと何らその性質を異にするものではない。従つて、上告会社が株式買受人に対して支払う本件株主優待金は、実質的には、株主が払い込んだ株金に対して支払われるものにほかならないということができる。そして、会社から株主たる地位にある者に対し株主たる地位に基づいてなされる金銭的給付は、たとえ、上告会社に利益がなく、かつ、株主総会の決議を経ていない違法があるとしても、法人税法上、その性質は配当以外のものではあり得ず、これを上告会社の損金に算入することは許されない。また、本件株主優待金は、会社が前示約定に基づき会社の決算期における利益の有無に関係なく、約定の利率により算出した金員を定期に支払うものであつて、配当とはその性質を異にすること上告会社の主張のとおりとしても、このような金員の支払は、前示のとおり、法律上許されないのであるから、少なくともその支出額を必要経費として法人税法上会社の損金に算入することは許されないといわなければならない。

以上、いずれの見地からいつても、本件株主優待金を上告会社の損金とは認めがたいとした第一審判決およびこれを維持している原審判決は、その結論において正当であり、論旨は、結局、その前提を欠くに帰し、排斥を免れない。

よつて、本件上告を棄却すべきものとし、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条、八九条、九五条に従い、裁判官松田二郎の意見および裁判官奥野健一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。

およそ本件の株主優待金の問題を判断するに当つては、株式会社という法的形態を重視すべきか、あるいはその背後に存する経済的関係を法律解釈上に反映せしむべきかという難問に直面せざるを得ないのであるが、経済的考察の必要を忘るべきではないと考える。現に、法的形態を越えて実体に迫り得ることは、税法上におけるいわゆる「実質課税の原則」や、主として商法上論ぜられるいわゆる「法人格否認の法理」にあらわれているからである。

しかし、そのことは法的形態を軽視し去ることを意味するのではない。法的形態を越えてその実体に迫り得るとされるのは、或る目的のため或る面においてのみ、その法的形態の背後に存するものを把握するために必要な場合に限られるのである。しかも、これらの原則や法理は、いずれも相手側の利益保護のために認められたものであつて、この法的形態を利用した者が、相手側の損失においてこれを自己の利益に援用することは許されないものというべきである。これは、これらの原則や法理の本質に基づく当然の要請といえよう。従つて、会社という法的形態を利用した者は、たとえ、この形態を或る経済的目的達成の便宜のための手段としたに過ぎないとしても、この形態の背後に存する経済的実体を強調して、会社という法的形態に基づいて生ずる法律上の責任を免れることは許されないのである。

今、叙上の見地に立つて本件を見るのに、上告会社が株式会社であり、株主相互金融方式の加入者をもつてその株主としている以上、上告会社と加入者とは、会社対株主としての法律関係に立つものと解さざるを得ないのであつて、たとえ両者の間に反対意見のいうがごとき経済的関係があるにしても、加入者に対する本件株主優待金の支払は、すなわち、株主たる地位にある者に対してなされるものといわざるを得ない。法律的観点よりするとき、加入者は決して株主たる地位とは別に、会社に対して預金の利息類似の支払を請求し得る権利を有するものといい得ないのである。そして、株式会社の株主に対する利益配当の概念の内容には、必ずしも明白でないところがあるにしても、資本減少・合併または解散のような場合でない限り、会社から株主に対しその株主たる地位に対して行う金銭的給付は、いわゆる建設利息――これは税法上特に損金と認められる――を除き、すべて利益配当と解すべきものであつて、しかも、ここに配当と認められるものは、必ずしも適法なものばかりではないのである。違法の配当も、また配当のうちに含まれる。いわゆる蛸配当や株主平等の原則に反する配当のごときは、これに属するのである。このように考えてくるとき、本件株主優待金が――それは資本減少・合併または解散の場合に支払われるものではない――株主に対し株主たる地位に対して支払われるものであると認められるからには、上告会社に利益がなく、かつ、株主総会の決議を経ていない違法があるにしても、法律的観点よりするとき、本件優待金の支払は利益の配当と解さざるを得ない。要するに、本件株主優待金が右のような性質を有するからには、法人税法上、その支払は損金でないというべきである。

このような見地に立つとき、奥野裁判官の反対意見、すなわち経済的観点より本件優待金を把握し、これを以て損金と認める見解に対しては、賛成し得ない。しかし、又、多数意見が「事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは、損金に算入することは許されないということを主たる根拠として、本件優待金が損金でないとすることにも、疑問を懐く。けだし、事業経費の支出自体が法律上禁止されている場合でも、税法上これを損金と認め得る場合があり得ると思うからである。

叙上の見解に立つて、私は原審の採る結論は結局正当に帰するものと認め、本件上告論旨はいずれも採用に値しないと考える。

裁判官奥野健一の反対意見は、次のとおりである。

わたくしは、多数意見と異なり、本件株主優待金は法人所得の計算上損金に算入すべきもの、と考える。

おもうに、法人税法は、法人の事業経営によつて実現された経済的利益を所得と観念し、当該所得の帰属する者に対して、その資力に応じた租税を公平に負担させることを建前としているのであるから、所得額算定の要素たる損金は、経済社会において一般に通常且つ必要な事業経費として取り扱われている損失を指称するもの、というべきである。従つて、それは、当該法人の行なう行為、計算の如何によつて左右されるものではない。そして、租税回避行為のごときは、直接回避、潜脱を目的としてなされたかどうかを問わず、法の厳に禁止するところである。しかし、他面、法人が経済人として、取引や投資をしたり、企業形態を定めるに際し、なるべく租税負担の軽い方法を選択することは、別段とがむべき筋合いのものではなく、また現に、憲法は、租税法律主義ないし不承諾課税禁止の原則を宣言し、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」(八四条)と規定している。そこで、法人所得の算定にあたり、或る支出を通常且つ必要な事業経費として損金に算入すべきか、それとも、租税回避行為として当該行為、計算を否認すべきかは、その法的形式や効力によつて決定すべきでないのはもとより、これが単に結果において法人税負担の軽減をきたすという一事によつて決定することも許されず、専ら、その経済的意義、効果に着目し、実質上合理的な事業経費と認められるかどうかによつてこれを決定すべきである。そしてまた、かかる見地から合理的な事業経費と認められる限り、法人税法九条一項の規定に基づき、それが損金に算入されるべきことを承認しなければならない、と解するのが相当である。もつとも、租税法律主義といえども、課税技術や徴税政策上の必要から、性質上は合理的な事業経費と目すべきものであつてもそれを損金に算入しないことにしたり、性質上は益金の処分に属すべきものであつてもそれを損金に算入したりすることを全然否定するわけではない、しかし、それは、法の明文により、しかも、かかる措置が窮極的には租税公平負担の原則に副うことになるという限度においてのみ認められるに過ぎないものであつて、もとより、一片の行政通達や解釈によつて法の不備、欠缺を補うがごときことは、許されないといわなければならない。

ところで、原判決の確定した事実によれば、本件株主優待金は、融資を希望しない株主相互金融方式の加入者から資金を調達するために必要な経費であつて、恰も、銀行等の金融機関が預金者に対して支払う利息と同様の性質を有するものであり、従つて、いわゆる「隠れたる利益処分」に該当しないことも明らかである。そして、現行法上、かかる経費をもつて損金に算入しない旨の特別規定はないのであるから、本件株主優待金は、法人所得の計算上これを損金と認めるよりほかはないのである。

多数意見は、本件株主優待金が、仮りに経済的、実質的には、上告会社の事業遂行上必要な経費であるとしても、そのような事業経費の支出自体が法律上禁止されているような場合には、少なくとも法人税法上の取扱いのうえでは損金に算入することは許されない、という。しかながら、本来、或る支出が資本充実、維持の原則に違反して法律上無効であるかどうかということと、無効な行為によるとはいえ、現実に支出された経費が法人所得の計算上損金に該当するかどうかということとは、次元を異にする別個の問題であるから、かようなことは、本件株主優待金の損金性を否定する理由とはなり得ない、というべきである。また、いわゆる株主相互金融なるものは貸金業法等による取締を免れるために案出された方式であるから、かかる方式による金融業を営む上告会社の法人税の負担が軽減される結果となるのを見逃すことは正義に反するというようなことから、解釈により、多数意見のごとき結論を導き出すことも許されない、といわなければならない。

それ故、わたくしは、多数意見には同調することができず、論旨は理由あるに帰し、原判決およびこれと同趣旨に出た第一審判決は、破棄または取消を免れず、上告人の本訴請求を認容すべきである、と思料する。(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎)

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